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弁護士の時事解説

  遺言書保管制度にまつわるお話し

令和2年7月10日から始まった「自筆証書遺言の保管制度」について、詳しく解説します。

自筆証書遺言とは

遺言者が、その全文と日付及び氏名を自署し、これに押印する方法により作成する遺言書のことです(ただし、遺言書に添付する財産目録については、平成31年1月13日以降、パソコンで作成あるいは通帳のコピー等を添付し、全ページに署名押印すれば、自筆で作成しなくてもよくなりました)。

公正証書遺言 (公証役場で公証人と証人が立ち会いの下に作成する遺言書)のように第三者が関与することなく、自分ひとりで作成できるので簡便ですし、紙とペンがあれば作成できるので、特段の費用もかかりません。 また、 遺言の内容を知られたくないような場合、作成後、見つかりにくいところに保管することで、作成したこと自体を秘密にすることも可能です。

 

自筆証書遺言の保管にまつわる問題

従来、作成した自筆証書遺言を保管するには、自宅で保管したり貸金庫に預ける、 あるいは専門家や信託銀行に依頼して預かってもらう等の方法がありましたが、それぞれ、次のような問題点が指摘されています。

 

自筆証書遺言を自宅で保管した場合

 まず指摘されるのは、作成後長期間経過することによる紛失です。わかりやすいところに保管していればよいのですが、大切な遺言書だからこそ、わざわざ見つかりにくいところを選んで保管することで、時の経過とともに、保管場所どころか、保管した事実さえ自分でもすっかり忘れてしまうということが現実にはあり得ます。

また、遺言書が発見されにくいということも指摘されています。自分以外に遺言書の存在を知っている人がいなければ、死亡後に発見されないままになってしまう可能性が高くなります。実際、筆者も、相続財産の調査に伺った故人のお宅で、随分と財産を捜索し、調査を終了しようとしたときに、同行スタッフがたまたま、荷物の下になっていた小物入れの引き出しを開けたところ、中から自筆証書遺言が見つかったという経験があります。これを発見できていなかったら、その自筆証書遺言は永久に開封されることはなかっただろうと思うと、やはり遺言書は、存在を誰かに伝えておかないと見つけてもらいにくいということを実感しました。

一方、自宅での保管を相続人に伝えていた場合でも、問題はあります。その相続人が、自分だけが存在を知っていることを利用して、この自筆証書遺言を自分に都合の良いように改ざんしたり、他の相続人に存在を隠したり、場合によっては破棄してしまうケースです。このようなケースでは、その後、自筆証書遺言の有効性や存否をめぐって、相続人間で大きな紛争が生じる恐れがあります。

 

貸金庫に自筆証書遺言を保管した場合

そもそも遺言者の死亡後は、相続人全員の合意がないと、保管している貸金庫を開けることができません。厳重に管理するという意味においては、貸金庫で保管すること自体は良いのですが、せっかく準備した自筆証書遺言が開封される前に、相続人らが合意しないといけないという、順番が逆の状況になってしまうので、自筆証書遺言を作成したメリットが活かされないということになります。

 

専門家や信託銀行に保管を依頼した場合

紛失や未発見等の事態になることはほぼありませんが、長年にわたって管理の費用がかかることになりますので、誰もが簡単に選べる選択肢ということにはならないと思われます。

 

自筆証書遺言の保管制度とは

 このように、自筆証書遺言の保管には多くの問題が指摘されていたことから、これらに対応すべく新設されたのが、自筆証書遺言の保管制度です。

自筆証書遺言の保管制度では、自筆証書遺言を作成した遺言者が、遺言者の住所地・本籍地・不動産の所在地を管轄する、遺言書保管所に指定された法務局へ、自ら出頭して申請します。代理人が遺言者に代わって保管の申請手続きをすることはできません。この際、自筆証書遺言と申請書を提出すると、法務局が、自筆証書遺言の法律上の要件を形式的に満たしているかを確認し、原本を保管するとともに、その画像をデータ化して記録することになります。

このように、法務局が遺言書を保管することになるため、偽造や変造の恐れがなくなりますので、保管制度を利用した場合には、遺言書の検認手続は不要になります。

なお、遺言書の保管の申請には、1件あたり3,900円の手数料(収入印紙で納付)が必要になります。

保管された遺言書は、遺言者が生存している間は、遺言者本人だけが閲覧や保管の撤回を請求することができ、本人以外の者が保管された遺言書の内容を見ることはできません。      遺言者の死亡後は、相続人や受遺者、遺言で指定された遺言執行者らは、遺言書が保管されている法務局で閲覧することが認められています。

閲覧を請求する場合、請求書と手数料(モニターの閲覧は1回につき1,400円分、原本の閲覧は1回につき1,700円分の収入印紙で納付)が必要になります。

また、相続人や受遺者、遺言執行者らは、遺言書情報証明書を請求することもでき、この場合の手数料は1通1,400円(収入印紙で納付)です。

 

遺言書保管制度では検認手続が不要です

遺言書保管制度が施行される以前は、自筆証書遺言の保管者またはこれを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく家庭裁判所に遺言書を提出して、その検認を請求しなければならず(民法1004条)、封印のある遺言書は、家庭裁判所で相続人等の立合いの上で開封しなければなりませんでした。

家庭裁判所へ遺言書の検認を申し立てると、家庭裁判所は、相続人に対し検認をする期日を通知します。その後、指定された期日に、家庭裁判所に相続人らが集まり、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名等、検認時の遺言書の内容を明らかにすることになります。

この検認手続は、遺言書の存在を裁判所で明らかにすることで、偽造や変造を防止するための手続ですが、申立の書類の準備等で手間や時間がかかることになります。

一方、新設された自筆証書遺言の保管制度では、自筆証書遺言が法務局で保管されることから、遺言書の偽造や変造の恐れがないため、この検認手続も不要ということになりました。

 

自筆証書遺言の保管制度の利用と今後の課題

このように、自筆証書遺言の保管制度が新設されたことで、これまでよりも気軽に自筆証書遺言を作成して保管することが可能になりましたが、従来から利用されてきた公正証書遺言(公証役場で作成・保管される遺言書)も引き続き利用することができます。

公正証書遺言と比較すると、自筆証書遺言の保管制度は、手数料が安い、証人が不要等のメリットがあります。ただし、自筆証書遺言は必ず本人が書かなければならず、保管の申請の際には遺言者自らが管轄法務局へ行く必要があります。自ら遺言書を書けない場合や、法務局へ行くことが難しい場合には、この保管制度を利用することができません。このような場合は、公証人が遺言書を作成してくれ、必要なら出張も行ってくれる、公証役場で作成する公正証書遺言を利用する必要があります。

また、大きな問題として、相続開始後、自筆証書遺言の内容の有効性が争われた場合には、保管制度を利用していたとしても、これを回避する手段にはならないということがあります。法務局において、遺言書保管官が確認するのは、あくまで様式に不備がないかという形式のみですので、相続開始後、遺言の有効性について相続人の間で紛争が起こる可能性は十分あると思われます。

 

遺言書の作成は気軽に、でも内容は慎重に検討を!

自筆証書遺言の保管制度は、自筆証書遺言を法務局が預かってくれるという画期的な制度です。自宅で保管する必要がなくなり、作成はしたものの、どこに保管するかと悩まずに済むので、自筆証書遺言を作成するハードルがひとつ低くなったといえます。

ただ、今後の課題として指摘したように、保管制度を利用したとしても、遺言書の内容の意思確認までしてもらえるわけではないので、相続を巡る紛争が発生する可能性は十分にあります。そのため、遺言書の内容については、相続人らがもめることのないようによく考え、弁護士等の専門家に相談していただくことをお勧めいたします。

当事務所では、おひとり様セミナー・民事信託セミナー・遺言書作成セミナー等、相続や遺言書に関するセミナーを開催しておりますので、お気軽にご参加ください。

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